2023年1月の話題

1月の話題
SH紀元136年の日本のミステリー

 SH紀元136年といえば、シャーロック・ホームズの事件簿が世に出て136年の年、ホームズの後を継ぐ名探偵野物語が毎年毎年世界中で発表られ続けて136年に達した年である。もちろん日本でも数多くのミステリー小説が発表されているが、「朝日新聞デジタル」から「謎解きミステリー小説、当たり年 主なランキング、上位作品を紹介」を引用して1年間を振り返ってみたい。高い評価を受けた謎解きミステリー小説の作が紹介されている
 JSHCでは、外国文献を翻訳して解釈するのが好きな会員が多いが、書下ろしのミステリー小説を書く者は皆無に近い。昨年は本格的な国産ミステリー小説を発表したものも、このランキングにリストアップされた会員も残念ながらなかった様子である。
 年末の風物詩、ミステリー小説のランキングが出そろった。主なランキング(「週刊文春ミステリーベスト10」「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」「ミステリが読みたい!」)の上位作品を眺めると、謎解きに主軸を置いた本格ミステリーの充実ぶりがうかがえる。 秋口から謎解き雀(すずめ)の口の端に上っていた2作が高評価を得た。文春1位の夕木春央『方舟(はこぶね)』(講談社)と本格1位、このミス・文春2位の白井智之『名探偵のいけにえ』(新潮社)だ。
 『方舟』は、地震により水没が迫る地下建築に10人が閉じ込められるクローズドサークルもの。誰か1人を犠牲にすれば残りが脱出できる方法が見つかるが、その矢先、殺人が起きる。その犯人こそ犠牲になるべきだと皆が思うのだが……。時間制限下の緊迫感あふれる展開が見事なうえ、犯人がわかってからも驚くべき真相が待っている。
 『名探偵のいけにえ』は南米の宗教コミューンで起きた連続不審死事件の真相を、探偵が大胆な論理で解き明かす。複数の推理が展開する多重解決ものに新たな構造をもたらした傑作だ。グロテスクな事件設定が悪目立ちしていた著者の、本来の持ち味である端正な論理展開がいかんなく発揮されている。
 近年、超常現象や未来技術を使った特殊設定ミステリーに多くの秀作が生まれた。この2作は特異な設定ではあるが、現実の物理法則から逸脱はしていない。特殊設定を使わなくても、まだまだ優れた本格ミステリーを生み出せる、そんな思いを強くした。
 とはいえ特殊設定ものにも収穫があった。本格4位の方丈貴恵『名探偵に甘美なる死を』(東京創元社)は「竜泉家の一族」シリーズの第3弾。VR(仮想現実)空間と現実世界の二つの館を舞台に、それぞれ殺人事件が起きる。館を行き来するルールなどを把握するまでに少々頭を悩ますが、真相が明らかになとはいえ特殊設定ものにも収穫があった。
 本格4位の方丈貴恵『名探偵に甘美なる死を』(東京創元社)は「竜泉家の一族」シリーズの第3弾。VR(仮想現実)空間と現実世界の二つの館を舞台に、それぞれ殺人事件が起きる。館を行き来するルールなどを把握するまでに少々頭を悩ますが、真相が明らかになった時、設定の妙に膝(ひざ)を打つ。
 謎解きといえば、本年最高に魅力的な謎を提示したのが小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)だった。競技クイズ番組で、対戦相手は問題が1文字も読まれないうちにボタンを押して正解する。なぜ正答できたのか、解明する主人公の行動や心の動きが読者の気持ちとシンクロする。合理的解決のあるミステリーであり、競技クイズの内幕ものであり、クイズに人生をかけた一人の青年の私小説にも読める。小説好きなら必読だ。
 ここまではデビュー10年以内の気鋭たち。このミス3位の有栖川有栖『捜査線上の夕映え』(文芸春秋)は、代表的シリーズ火村英生ものの最新作。コロナ下の世情をすくいとり、余韻を残す一編だ。今年、日本ミステリー文学大賞に決まったベテランは、心霊探偵シリーズの『濱地健三郎の呪(まじな)える事件簿』(KADOKAWA)も出している。
 本格好きの記者のベストも冒頭2作だが、偏愛の一冊が本格3位の阿津川辰海『録音された誘拐』(光文社)。過去の名作のエッセンスを取り込みながら、令和時代の誘拐ものを送り出したことに拍手。登場人物の1人の「悪党」ぶりも魅力的だ。来年は出世作「館四重奏」シリーズの第3作を楽しみに待ちたい。(野波健祐)