シエラネバダの雪(管理人スペイン道中記1)

 

「どうぞ目線を上げて蒼穹に浮かび白い夏雲のように輝いている冠雪の頂をご覧ください。あれがまさしくグラナダの誇りであり、歓びでもあるシエラネバダ山脈です。」(W・アーウィング アルハンブラ物語より 齊藤昇訳)
 「今日はシエラネバダ山脈が見えていますよ。」と添乗員さんが青空の向こうを指さした。茶色の岩山の連なりの上に真っ白な山塊が見えている。
 東の彼方の国で暑い夏を過ごした後の11月。アフリカ大陸に近いヨーロッパでも南のこの地で雪に覆われた高山を見るのは少しばかり驚きだった。何だか信州みたい。といつか見た遠い日本アルプスを思い出す。しかし、その手前の風景はあの緑の山稜と瑞々しい木曽川の流れの風景とはここは全く違う。陽に炙られ、ろくな樹木も生えない岩山の向こうに奇跡のように雪をまとった山々がある。山々に神の姿を見て、「一座、二座」と数える東洋の島国の人間として、思わず伏し拝みたくなる山々だ。
 スペイン アンダルシア地方 グラナダ。丘の上に建つ、アルハンブラ宮殿にやって来た。私が死ぬまでに観たいと思い焦がれていた世界遺産だ。
 外観は赤っぽい石の四角い壁が連なっている、どっちかというと無骨な城だ。しかし、ここはスペインの最後のイスラムの土地。建造物は外観を飾らない。
 その内部は今までさんざん、写真や映像で見て来たはずだったが、建物に足を踏み入れた途端、思わず圧倒されてしまった。
 ごつごつした貝殻の中に光を纏う真珠母を思い起こす。レースのように細やかな壁や柱の装飾。何より鍾乳石飾りと呼ばれる天井の装飾。全てがこの上なく繊細なのだ。月並みだが頭の中にアランフェス交響曲のなかの「アルハンブラの思い出」が流れる。あのギターの音色が繊細なトレモロなのは実に正しかったのだ。壁のタイルが、天井の鍾乳石飾りが、ほっそりとした柱が、繊細な音楽を奏でるようだ。
 青空から降り注ぐ陽光に満ちた中庭には涼しげな池が作られ、鏡のような水面が建物をさかさまに映し出しているそれは他のヨーロッパの金や彫刻や華やかな絵画に彩られた豪奢な宮殿よりも静かで豊かな美しさに満ちている。ここはスペインの中でも異世界なのだ。栄華を誇ったイスラムのナスル朝。やがてレコンキスタ(カソリック勢力の失地回復運動)の波の中で滅びゆく運命であった王国の有終の美ともいえる宮殿なのだ。
 宮殿の中にアメリカの作家、アーウィングが滞在した部屋があった。彼はアルハンブラに魅せられ、当時は荒廃していた建物の一室を自費で修復してそこに住んだ。その部屋で幻想に満ちた滞在記「アルハンブラ物語」は書かれた。残念ながらその部屋のドアは閉ざされて立ち入り禁止の看板が立てられていた。今のように美しい世界遺産ではなく、鳥や浮浪者や幽霊(!)がうろついていたアルハンブラだが、宮殿を独り占めしていたとは、うらやましい。現代のわれわれはひしめき合う多くの観光客の一人となってこの奇跡の宮殿を見せていただいている。
 宮殿の見学のあと、向かいの丘の上にある、これも世界遺産であるフェラリネーフェ離宮も見学した。こちらも随所に水路や噴水が作られ、みっしりと植物が植えられている。建物の窓からは絵画のようなアルハンブラ宮殿と山々が見える。
 グラナダ最後の王ボアブディルは押し寄せるカソリック両王の軍勢の前にグラナダを荒廃させることを恐れ、戦わずしてアルハンブラ宮殿を明け渡す。スペインを追われた王は最後にアルハンブラの丘を振り返り、目に焼き付けたという。ここにイスラムのナスル朝は滅亡し、スペインをイスラムの支配から解放する、というカソリック勢力のレコンキスタは完了した。
 そんな歴史の悲哀など関係なく、アルハンブラは明るく、美しい。よくぞ、この宮殿を守ってくださった。今、私は戦わずして負けた「エル・チコ(小王)」という汚名を着たボアブディルに感謝している。彼のおかげで花咲く庭園の噴水は遠いシエラネバダ山脈の雪解け水を今もきらきらと吹上げている。

2025年01月19日