仏滅会報告

第270回ホームズ引退120周年記念仏滅会レポート
福島 賛

 今年は暖冬と言われて久しいが、それでも一年の中では一番寒さを感じる季節である2月3日に、豊中市地域共生センター3階の大会議室にて第270回仏滅会が行われた。
今回は2024年がホームズ引退の年と言われる1904年から120周年であることと、偶然にも年初めの仏滅会が270回になり、切りの良い数字が重なったことを記念しようとの魂胆である。「お年玉」として浅間山の写真を使った特別な葉書も数種用意され、新年に相応しい雰囲気であった。
発表は、まず和歌山県立医科大学教授の増田匡裕さんによる「Q方法論が明らかにするシャーロキアンにとって本当に重要な作品」から。昨年の第267回・第278回仏滅会で収集したデータの分析が一段落したのでその報告とのこと。大学での研究報告と連動する大掛かりな物で、いずれ正式な論文として報告されるはずである。「Q方法論」(または「Q技法」とも)はそれほど新しい方法ではなく、海外の心理学者にとってはよく使われる方法のようだが、日本ではなかなか取り組む研究者がいないのが現状のようだ。単なる人気投票では分からない、参加者の「共通因子」をあぶり出すのが目的だった。結果は非常に興味深いもので、おおよそ5つのパターンに大別されることが示され、「作品プロット重視」「ホームズ重視・ワトソン無視」「ホームズとワトソンの関係重視」など面白い傾向が発表された。男性と女性とで重要と考えている作品が違うのは予想できるが、人気投票でも選ばれやすい《バスカヴィル家の犬》が上位に来るのはともかく、《入院患者》の位置づけがどのタイプも同じという驚きの結果が出たのも不思議だった。追加参加も募集され、論文になるのがまた楽しみである。
各自で用意した飲み物と差し入れのお菓子によるティーブレイクの後、近況報告ではリンダ・ベイリーの『名探偵ホームズが生まれた日』やジョージナ・ドイルの『Out Of The Shadows』が回覧され、今月出版予定の吉本さんの本のゲラ、大木さんによる舞台シャーロック・ホームズの新作の告知と楽しみが満載であった。
次の発表は神戸市外国語大学名誉教授の指昭博さんによる「《金縁の鼻眼鏡》の謎」。この事件も発表から120周年である。《金縁の鼻眼鏡》といえば、故川島昭夫さんの第243回仏滅会の「今日は、十五世紀以降のことは何も見ていない―ホームズと尚古癖(アンティクァリアニズム」以来。指さんによれば、あの発表が川島さんの人前での最後の発表だったとのこと。ホームズが読んでいた羊皮紙については、川島さんはホームズの趣味と解釈しておられたが、指さんの解釈は「仕事」ではなかったかとの指摘だった。物語には例によって(?)数々の矛盾点—資金の問題・足跡の問題などが指摘されるが、あまり触れられていない事象として「封蠟用のナイフ(sealing-wax knife)」で殺人は可能かという話題は、実際のナイフの写真も提示されたこともあり、また具体的な使用方法も解説されたこともあって感嘆の声が上がっていた。また、物語の肝である書棚の仕掛けは、菓子箱の模型を使って実際に開けるのは無理なことが示された。本棚の厚みのために回転で開けるのは(北原さんの本の間取りでも採用されているが)不可能である。そもそも隠し部屋に窓があれば外から分かってしまうだろう。挿絵を描いたパジットも女が出てくる場面はあっさりしていて、書棚を詳しく描くことが出来なかったという指摘は案外真実かもしれない。ストランドマガジンに掲載された原図には日本語版で消された記載もあるとのことで、今後の研究が待たれる。
会場の使用時間ぎりぎりまでかかり、大急ぎで片づけをして1次会は終了。2次会は18名が近くのイタリアン・レストランを貸切りにして、事件にちなんで注文しておいたミラノ風カツレツをはじめとした数々の料理に舌鼓を打った。
今回も副幹事を務めてくださった出嶋さんは2次会の司会や注意点の周知など、大変お世話になった。この場を借りて御礼申し上げたい。